松岡正剛(編集工学者)さんが、「少数なれど、熟したり」という言葉を取り上げ、次のように解説していた。
ガウスの墓碑銘である。いまではガウスの数学は代数学のほぼ全域と解析学の先端をひらく功績で、屈指の数学巨人とみなされているが、晩年に非ユークリッド幾何学にとりくんだときは、まったく周囲から理解されなかった。そこでラテン語で「少数なれど、熟したり」と紙片に書いた。
青春期、「これだ」とほくは思った。突端の熟慮にいつづけたいと思ったのである。以来、半世紀、多数派に阿ることがなくなった。(『PHP』2021年1月号)
そう言えば、昨今、辺野古への米軍基地建設に反対する声はあれども、在日米軍基地全体に対する批判の声は、あまり聞かれない。「在日米軍基地が存在しているかぎり、日本は真の独立国とはいえない」という声は、少数派のようである。だからこそ、松岡正剛さんの言葉が胸に響いた。そして、「沖縄に三八の軍施設(在日米軍基地)があるかぎりは、憲法を守ったとは言えない。日本が、アジアの中でもっとハッキリとした平和を維持するような方針を実現しないかぎりは、憲法9条を守ったとは言いきれない」(ジャン・ユンカーマン著『憲法の力』、日本評論社、2013年、p122、括弧内は引用者による)といった意見を大切にしていきたい、と思った。
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