常備軍の兵士は、人を殺害するため、または人に殺害されるために雇われるのであり、これは他者(国家)が自由に使うことのできる機械や道具として人間を使用するということである。これはわれわれの人格における人間性の権利と一致しないことだろう。(『永遠平和のために/啓蒙とは何か/他3編』、中山元訳、光文社、2006年、p153)
日露戦争で日本軍が膨大な戦死者を出しながら旅順要塞(ようさい)を攻め落とした後、乃木将軍とステッセル将軍が対面した様子を描いた「水師営の会見」という唱歌があります。
・我はたた(称)へつ彼の防備
・彼はたたへつ我が武勇
日露戦争から40年を経ても、日本はこの歌に象徴される「武勇」だけが頼みでした。作戦参謀たちは、味方の兵士を「5千人殺せば(陣地を)とれる」などと話していたという証言があります。(「語る 人生の贈りもの」中西進、朝日新聞、2021年1月13日)
「行動の先に希望がある。行動を続けることで未来は切り開かれる」(サルトル) 「人間は進化する存在。今の自分を超えて、創造的であり続ける『超人』を目指せ!」(ニーチェ) こうして社会に発信するというささやかな行動を通じて、一歩でも二歩でも、未来を切り開いていける存在でありたいです。
2021年1月27日水曜日
人を"資源"と呼んでいいのか
まだ読んでいないが、気になっている本に、『人を"資源"と呼んでいいのか : 「人的資源」の発想の危うさ』(吉田敏浩著、現代書館、2010年)がある。軍隊の兵隊こそ、最たる人的資源である。カントも、「他者(国家)が自由に使うことのできる機械や道具として人間を使用する」ことになるから、人間性の権利の観点から問題がる、と指摘している。兵隊が資源として扱われた二人の証言も紹介する。
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