2021年1月14日木曜日

恐ろしい「倫理性に欠けた理性」

 なかにし礼さんの「巨星追悼特集」(『サンデー毎日』、2021年1月24日号)を読んだ。その中で、保阪正康さんが紹介していた『赤い月』(なかにし礼著、新潮文庫)の一節が印象的だった。

『赤い月」などでも存分に語られているのである。国家の菜略機関に生きた人物が、戦後になって漏らす言がある。重要な台詞である。
「国家だけが一人化け物になるわけではない。国民も一緒になって小さな化け物になっていくのだ。自らの意思によってか、恐怖によって強いられてか、いずれ にしても国民のほとんどが理性を捨てて、小化け物になっていくのだ。それが愛国心のからくりだ。俺は、自らの意思によって理性を捨て、小化け物となり、化け物の手先となって働いた口だが、あげくにこうして良心の呵責に苦しんでいる」(p107、強調は引用者による)

 ここの、「自らの意思によって理性を捨て」というところが気になった。この場合の”理性”と、何も考えずに、ズルズルと”理性”をなくしていく場合の理性を同じ理性と言って良いのだろうか、と。”理性的な化け物”というのがあっても良い、と。その典型が、アウシュヴィッツで有名になったアドルフ・アイヒマンであろう。引用した文章に欠けているのは、倫理性についての分析である。倫理性に欠けた理性が最も恐ろしい。私はそう思う。

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