2021年1月28日木曜日

理想的社会の必須條件とは

  戦後の息吹のようなものを感じてみたい、と戦後の雑誌を読んでみた。『世界』1946年2月号の最初の論文は、田中耕太郎の「新政治理念と自然法」だった。その初めの方で「我が国家を破滅の一歩手間までもたらした諸原因を検討するときに、其処に誤れる国家觀と政治理論とが我が官民の間に普及してるたことが、共の最大原因の一つと認められざるを得ない」と述べ、その後、「民主主義と平和国家文化国家の理想に邁進しつつある」と、日本の進むべき道について述べていた。法学者だけでなく、文学者の言葉も格調高く、力強かった。乱れた政治が続いている今こそ、初心(原点)に帰って考えることの必要性を痛感した。なお、強調は引用者による。

 今や我が国はポッダム宣言の忠実なる履行を誓ひ、民主主義と平和国家文化国家の理想に邁進しつつある。我々は軍国主義的、過激国家主義的要素を思想界から払拭しなければならない。
(中略)
 民主主義は一言にして云へば、実質的の意味に於て個人が国家又は其の中の一部の者の単に手段としてでなく、自己目的として考へられることを要求する。其の帰結として人格の完成、個性の健全なる発達、社会的正義の実現、文化の向上等我々が理想的社会の必須條件として考へられる所のものが其の中に含まれている。それは一時代一民族に限局せられない所の、普遍人類的政治原則である。それは自然法に外ならぬのである。(田中耕太郎著「新政治理念と自然法」『世界』1946年2月号、p18)

 日本の再生は、もう一度軍国主義国家となるか、それともスイスやスウェーデンのような、平和な、民主主義的な、しかし人類と文明との敵に対して力の上で弱い国となるか、このことでの二者択一にはない。軍国主義、封建主義、階級的抑圧主義を絶滅して民主主義革命を仕上げること、そのことで人類とその文明との破壊者、敵に対してこれを打ち倒す力を自己に養って行くことにそれはなければならぬ。子供のための活動で、文學者、兒童文學者、すべての芸術家、科学者、教育者の目ざす目標も同様そこになければならぬ。
 日本の子供の進むべき道は泣き寝入りにあるのではない。子供らの教師の道は卑屈なインポテンツの養成にあるのではない。人間的な上にも人間的な、血の気、汁気の多い民主主義者の養成が最大の眼目である。(中野重治著「子供らのために」『世界』1946年2月号、p97〜98)

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