2021年1月2日土曜日

”現実を見よ”その現実概念について

 日本国憲法が指し示している非武装論に対し、「非現実的だ、北朝鮮や中国の現実を見よ、という批判がある。そうした批判に対し、数々の悲劇を生んだ戦争の実態こそが現実だ、という考えを知り、なるほどと合点した。その考えは、

『映画 日本国憲法』の中で、「ダグラス・ラミスさんがこう答えています。『戦争の中で人の命を考えるときに、非現実的になってはならない』と。非現実的にならないために、現実を見なければならないのです。この二十世紀に2億人が戦争で命を亡くしている。この戦争で、何を獲得したのでしょうか。何も得ていない。これが現実です」(ジャン・ユンカーマン著『憲法の力』、日本評論社、2013年、p113)だ。

 この考えを知って、ちょうど読んだばかりの、カントの次の言葉を思い出した。現在我々が使っている”現実”には、”現象と物自体”という二つの概念が含まれている。そして、「これが現実です」という場合の”現実”は”物自体”を意味し、”北朝鮮や中国の現実を見よ”という場合の”現実”は、物自体とは区別された”現象”を意味するのではないか。そう思ったのである。あくまでも仮説なので、さらに、本当はどうなのか、調べていきたい。間違っていたら、指摘していただきたい。

 批判哲学は、現象と物自体を取り違える哲学に対抗するため、「つねに[理論]武装した状態にあり、まさにそのことによって、絶えず理性の活動にも目を配るのであるが、一面においては反対者の側の理論的証明の無力を通して、他面においては批判哲学の諸原理を採用する実践的根拠の力強さを通して、哲学者たちの間に永遠平和への展望を開いてみせる」(二四二頁)のである。それゆえ、批判哲学と永遠平和は不即不離の関係にある。(遠山義孝著「哲学における永遠平和条約の締結が間近いことの告示」に対する解説、カント全集・13、p486)

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