2020年6月5日金曜日

基地ある限り沖縄の悲劇は続く

 我々は、また、命を救う"風かたか〃になれなかった(映画『標的の島 風かたか』より・17.3)

 昨春、沖縄県うるま市で20歳の女性がウォーキング中に米軍属の男に強姦目的で殺害された。追悼の県民大会で稲嶺進・名護市長は、21年前にも同様の事件が起きたのに「風かたか =防波堤」になれなかったと涙した。沖縄の基地負担は一向に減らないばかりか、米国への忠誠を誓うかのように、日米首脳会談直前に辺野古新基地建設の海上工事に着手した。珊瑚礁が巨大な重石に踏みつぶされていく。映画『標的の島』は、国策で踏みにじられ続ける沖縄の怒りを捉える。「私はぶれない」とゲート前に立ち続ける87歳の島袋文子さんの目を見て欲しい。(武田砂鉄著『暮しの手帖』、2017年4~5号、p142)

 基地があるゆえの悲劇が、ここにある。沖縄で、ということは、日本で憲法が機能していないと同じだ。日本が法治国家だというなら、最高法規としての憲法を無視するようなことがあってはならない。しかし現実は、政府が米政府の方ばかり見て、地域住民のことを見ていない。だから、安保まで常態化しかねない。
 ここは、原則に立ち返って対策を練ることが重要なのではないだろうか。何十年と続いている沖縄の悲劇は、決して忘れてはいけない。憲法よりも上にあるような安保の矛盾を明らかにして、安保廃棄と軍備の撤退を言い続けるしかない。人権を守る確かな道だからである。

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