2020年6月11日木曜日

日本の未来への処方箋

 次に、予備校生の小野けいすけさんの感想を紹介する。強調は私によるものだが、この部分いついて最近感じることがある。それは、社会生活、市民生活の中で、異常なことにどんどん鈍感になってきていることが、戦前の「戦争へ向って進んでいたときのこと」と似てきているのではないか、ということである。
 その最たるものが、平気で公文書の廃棄され、黒塗り公文書を平気で提出する、そうした状態の批判が弱く、「公文書の廃棄」や「黒塗り公文書」の常態化しつつある現実ではないだろうか。戦前も、おかしなことが積み重なり、ついには後戻りのできない戦争という最もおかしなことになってしまった、と言えるのではないだろうか。
 おかしなことには、おかしい、と、どんどん声を上げていくこと、そして、憲法の理想を実現していく日本の未来への処方箋は、これしかない

 戦争を始めようとするものが「これは戦争をするためにやるのです。」と言って物事をしはしない。気がついた時には、どうにもならなくなっているものだ。それまでは目隠しをしておくのだ。それはこれからも同じだろう。
 だから、戦争をくり返さないためには目隠しを見破り、かなぐり捨て、戦争を進めるものを打ち倒さねばならない。それには、戦争が始まってからではなく、その前、戦争へ向って進んでいたときのことを聞きたい。戦争へ向っている社会が、市民生活にどんなところで、どんなふうに影響を与えたか、それを知りたい。そうすれば、われわれの生活がこんなになったからおかしいぞ、ということがいえ、目隠しを見破る一つの手段となり得るのではないだろうか。戦争が始まる前、日本が戦争への道を進んでいた時のことが重要なのだ。
 戦前は「戦争反対」も言えなかったという。だが今は、敗戦という大きな犠牲を払って「表現の自由」という権利、「戦争反対」を大声で叫べる権利をかちとった。この権利を本当のものとして活かし、戦争を止めることが、戦争で死んだ人に対しての、我々の責任であり、義務ではないだろうか。
(中略)
 歴史は繰り返す、しかし、戦争の歴史は決して繰り返してはならない。(『暮しの手帖・97』1968年、p202~203)

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