昨年101歳で没したジャーナリストの言葉は「だから、体に馴染むまで徹底的に着こなすことがまず先です。着こなす前に、新しいものを買ったのでは、自分にほんとうに似合うものがわからなくなりますよ」と続く。南スーダンPKOで殺傷行為」はあったが、憲法9条上の問題になるから「武力衝突」とした、と述べた防衛大臣に送りたい。(武田砂鉄著『暮しの手帖・2017年4-5月号』、p143)
この言葉を知って、「憲法を普段着として着こなす前に、ボロボロに引き裂かれてきた感が強い」と思った。どうしてだろう。一言で言えば、「憲法の着こなし方」が分からなかったからであろう。そもそも、法律などというものは、「弁護士様」や「学者様」が用いるもので、庶民の我々には、手の届かぬもの、と考えられてきたような気がする。
だから、憲法が我々庶民のもの、というイメージにはならなかった。憲法が危ない、ということで初めて、憲法を学び、憲法が身近な存在として目の前に現れるようになってきた。それでも、憲法を生活の普段着として着こなす術はわからない。これから、考え続けていきたい。
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