2024年2月16日金曜日

見ぬ世の人を友とする

  読書には、速読や精読等々いろんな形があります。が、今まで聞いたことのない、まだ名前もない読書の形態に出会いました。徒然草の読み方をが提案されてたのですが、その読み方は、次に紹介しますが、私にとって全く新しいスタイルだったのです。

 簡潔にして明晰な徒然草の原文は、譬えてみれば、精密に折り畳まれ、掌にすっぽりと収まり、どこにでも連れて行けるし、いつどこででも、取り出して眺めることができ
る、美しく軽やかな紙片のようなものである。その紙片は、そのまま詩篇ともなって、人生の折々でわたしたちの心を潤し、繰り返し愛誦するに価する。一度読んだら忘れられない徒然草の鮮烈な文章表現は、しっかりと私たちの心に根付き、いつのまにか各自の土壌に合わせて生育し始める。(『徒然草』、島内裕子訳・著、ちくま学芸文庫、p12〜13)

 いかがでしょうか。
 美しく軽やかな言葉は、「わたしたちの心を潤し、・・・しっかりと私たちの心に根付き、いつのまにか各自の土壌に合わせて生育し始める」というのです。そんな読書スタイルは、速読では絶対無理です。しかし、繰り返し愛誦することで、暗唱した言葉が血肉化されて力を発揮するようになるって、素晴らしいことです。
 第一三段は”読書のすすめ”と言われている段で、「一人、燈火の下、文を広げて、見ぬ世の人を友とするぞ、こよなう慰む業なる」と読み、『文選』『白氏文集』『老子』などをあげて、「古のは、哀れなる事、多かり」と結んでいます。”哀れ”とは、古語辞典によれば「しみじみと心を動かされる」です。
兼好も、これらの本に「しみじみと心を動かされた」のでしょう。だからこそ、現代まで読み継がれてきた『徒然草』が生まれたに違いありません。

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