昨日、『徒然草』の生命力を感じさせる解説を紹介しました。「一度読んだら忘れられない徒然草の鮮烈な文章表現は、しっかりと私たちの心に根付き、いつのまにか各自の土壌に合わせて生育し始める」(『徒然草』、島内裕子訳・著、ちくま学芸文庫、p12〜13)と言うものです。すると、偶然にも、何気なく開いた雑誌『本』の中に、その実例の記述を見つけることができました。
(上田三四二著『徒然草の世界:俗と無常』の著者である)上田さんはガンで死ぬべきいのちを助かって、ふたたび生へと復帰する過程で『徒然草』を発見したらしい。氏はみずからの生を支える取っかかりとしてこれを読んだわけで、うつし身の人によって今に生きかえらせられた古典のそのみずみずしさが、『徒然草』を読者たるぼくにおいても再発見させたのだった。古典がいまに甦るためにはどうもそういう機縁が必要なようだ。
上田さんの本に刺戟されて、ぼくもその後何度か読み返し、『徒然草』の文章のいくつかは年を追うごとに水のしみるようにぼくの中に滲透してゆく感じである。なにかにつけてその文章(というより考え方)が甦る。
『方丈記』については、文章よりその書き手たる鴨長明の顔のほうが浮かんでくるが、どういうわけか『徒然草』ではト部兼好の顔は気にならず、一つの思想としての『徒然草』だけが現れる。
「されば、人、死を憎まば、生を愛すべし。存命の喜び、日々に楽しまざらんや。」(第九十三段)
そういう言葉がまずあきらかに働きかけて来て、それを書いた人の顔なぞあまり気にならないのである。(中野孝次著「徒然草 — 隠者と文学:3」『本』、1982年5月、p38、下線は引用者)
偶然に見つけたにしては、あまりにも必然のようでもある出会いでした。引き寄せたような気さえしています。次のような「兼好法師の比類のない独創」を見つけることができたからです。
「よき人は、ひとへに好けるさまにも見えず、興ずるさまも等閑なり。」(第百三十七段)
歌にしろ書にしろ兼好は、長明のように「生死の余執」ともなるほどにまで執着したことはなかったに違いない。兼好の本領は、社会的な立場が何であれ、心のうちではすべての拘束から自由な醒めている人という点にあった。醒めて、しかもその生を静かにいつくしんでいるのが『徒然草』の筆者の心の姿なのである。そしておそらくこのような、世俗的身分に拘束されぬ自由な個人を確立したところに、兼好法師の比類のない独創と、前代とはちがう新しい中世人の出現があったのだ。
「つれづれわぶる人は、いかなる心ならん。まぎるゝかたなく、ただひとりあるのみこそよけれ。」(第七十五段)
物事を判断する価値体系を外にではなく内に持った人、内的に自由な個人の現れたことが、この時代だった。彼は「ひたふるの世すて人」をよしとしながらも、内心では本当は宗教からさえも自由だったようである。(上同、p41)
0 件のコメント:
コメントを投稿