人生も終わりに差し掛かった頃、理解のある医師の近くに住むようになりました。その医師は、セラピーとして絵を描くことを勧めていました。だから、ゴッホの絵には癒しの力があるのかもしれません。「降り注ぐ陽光を画布の中に閉じこめた」といった表現もありましたが、彼の、多くの画家の作品には、画家が感じた感動が閉じ込められているのかもしれません。
以下は、これはと思った字幕を一部編集して繋げたものです。
絵を理解しようと、あらゆる角度から学び始めた。1歩ずつ前に進んだ。
私を有名にした色彩にたどり着くのはまだ先だ。私の絵は暗かった。が、やがて、私の人生を変える発見があった。それは色彩だった。
私はシャルル・ブランの有名な”補色の理論”を適用した。色を引き立てるにはその補色を使うことだったのだ。黄色と紫は互いの補色だ。青とオレンジ、緑と赤もそうだ。
筆でひとなでした赤を緑で囲めば、赤が濃く見える。そして構図がなくても絵に自然なバランスが生まれるのだった。
それでも、私は前へ進もうと模索していた。そして浮世絵に出会った。浮世絵は皆を魅了した。長年鎖国して孤立していた日本、その芸術は細やかで精密である。そして、とても素朴だった。
やがて、耳切り事件後に療養所に入院したが、そこでも制作マシーンと化し、私は描き続けた。筆が止まることはなかった。レンガ職人のように全身全霊を傾けて打ち込んだ。
数日前に描き始めた絵に手こずっている。「麦刈る人」の絵だ。習作は全て黄色で厚く盛った。被写体は美しく素朴だ。麦刈る男に死のイメージが重なる。でも悲しみは感じない。光あふれる場所で、降り注ぐ陽光が全てを黄金色に変える。(映画『ゴッホ:天才の絵筆』より)
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