画家が同じ対象を何度も描いていることが気になっていた。ゴッホは多くの自画像を描いているし、モネは、多くの睡蓮を描いたことで有名である。画家のマティスも画家が同じような絵を何枚も描くことが気になったのだろうか。司修さんのエッセイ「セザンヌのアトリエ」(『一枚の絵』、2012年1月)に、『マティス 画家のノート』(マティス著、二見史郎訳、みすず書房、2018年)からの引用が次のように紹介されていた。
「古典画家がいつも同じ絵を、それもたえず違ったやり方で描き直すことに注意してください。ある時期以後セザンヌはしきりに《水浴の女たち》という同じ絵を描いています。エクスの巨匠はたえず同じ絵を繰り返し描くのだけれども、われわれはこの上ない興味をもって新しいセザンヌを眺めるではありませんか」
この事例をわが身に置き換えたとき、ゴッホにとっての《自画像》、セザンヌにとっての《水浴の女たち》に相当するテーマはなんだろう。そう考えたとき、憲法三原則の不可分性に関する論文が思い出される。これまで二つの論文を書いたが、まだ書き足りないところがあるからだ。
マティスは「違ったやり方で描き直す」と言っているが、「別な側面から描き直す(書き直す)」ということもできる。そうすることで、対象に対する新しい発見があるのかもしれない。そんな予感がする。だからこそ、同じテーマについて私も、何度も書くことを厭わないで挑戦してみたい。
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