2023年3月13日月曜日

法に敬意を払うのが「法治国家」

 憲法改正論者の根拠の一つが「憲法が現実と乖離しているから」というもので、だから「憲法を変えて現実に合わせる必要がある」というのだ。この論法に対し、「現実に合わぬと言って批判するのはそもそも、盗人(ぬすっと)が刑法が自分の活動に差し障ると言うのに等しい」と、わかりやすい譬え話を用いた次のような批判を見つけた。

 もし現実の世界情勢に憲法を合わせるのなら、憲法はもはや法としての威信を失うだろう。憲法はそもそも、政治家の行動に根拠を与えるという目的で制定されているわけではない。変転する現実の中で、政治家が臆断に流されて危ない橋を渡るのを防ぐための足かせとして制定されているのである。当の政治家が、これを現実に合わぬと言って批判するのはそもそも、盗人が刑法が自分の活動に差し障ると言うのに等しい。
 現実に「法」を合わせるのではなく、「法」に現実を合わせるというのが、法制定の根拠であり、その限りでは、「法」に敬意を払われない社会の中では、「法」はいつでも「理想論」なのである。(平川克美著『朝日新聞』、2007年1月13日)

 よく「法治国家」と言われることがある。法に基づく国家のことだが、引用の言葉から初めて、「法治国家」というもののイメージを掴むことができた。<「法」に現実を合わせるというのが、法制定の根拠>なのだから、<「法」に敬意を払われている>国家こそが「法治国家」だったのである。それなのに、<現実に合わせて「法」を変えたい>というのは、「法」に敬意が払われていない証拠であろう。それは、明らかに「法治国家」からの逸脱である。

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