2023年3月21日火曜日

リンクワードという言葉

 リンクワードという言葉を『松岡正剛千夜千冊・3』で初めて知った。ウイルソン。ボール著『あいづち・つなぎ語辞典』を紹介した文章の中に出てきたものである。「リンクワードがなくなると、話はたいていは実も蓋も、味も素っ気もなくなっていくもの」で、話の潤滑油のようなものだ次のように解説されていた。
 日本語のリンクワードについては、あまり研究されていないようで、松岡正剛著『知の編集工学』『知の編集術』が、少し取り上げているという。いずれにしても、接続詞としてのandやbutくらいしか知らなかったが、もっと豊かな「つなぎ語」という重要な言葉があることを知った
『松岡正剛千夜千冊・3』には、もっともっと私の知らない宝が隠れているかもしれない。

 もっとも「ようするに」「手短かに」と言いながらちっとも「要する」ではなくてかえって長かったり、「それって逆に言うとね」とは言いながらまったく逆の意味を喋っていなかったりしているのだが、では、そういうリンクワードがなくなると、話はたいていは実も蓋も、味も素っ気もなくなっていくものなのだ。潤滑油といえば潤滑油、ノリとハサミといえばノリやハサミや糊代なのだが、そういうことを意識しないでつかっていながら、そこに重大なニュアンスが滲み出ているというのが「あいづち・つなぎ」の魔法なのだ。
 本書はそのリンクワードだけの辞書である。ただし英語のリンクワードだけ。ともかくいっぱい載っている。日本語ばかりが曖昧だったのではなかったのである。英語社会にも「いわゆるひとつの長嶋チョーさん主義」がいかに多いかということだ。
 たとえば、by the way(ところで)、in any case(いずれにしても) 、come to that(そういえば)、 incidentally(それでちなみに)、 or rather(というより、むしろ)、as it were(まあ、いわば)、somehow(なぜか)、indeed(まったく)、 even then(たとえそうでも)⋯⋯といった言いかただ。(『松岡正剛千夜千冊・3』、p19)

0 件のコメント:

コメントを投稿