実際は、「薬草」を求めて、自ら選び抜いたメンバーを人里離れた山や谷へと送り、日本中を徹底調査をして70種以上の薬草を見つけ出したり、困難極めた朝鮮人参の栽培を実現させたりしたのだが、その過程で、さまざまなその過程で、さまざまな言葉も発明していたことが印象的だった。薬草を求めて人里離れた山や谷へと送り出されたメンバーを「採薬使」と呼んだり、栽培に成功した朝鮮人参の栽培を募り、希望者に朝鮮人参の種を販売したわけだが、そうして朝鮮人参を栽培した人たちを「参作人」と呼んだりしている。ここことから、新しい改革には、新しい言葉の発明も伴うものであることを実感させてもらうことができた。
また、吉宗は、オランダ人に質問して外国のことを知ろうとしたが、さらに、禁止されていた漢訳洋書の輸入を認め、積極的に外国の知識の吸収に努めたらしい。その際、イエスかノウの二項対立思考でない論理、つまり、キリスト教に関係ない科学書などの漢訳洋書の輸入ならいいだろうという論理を用いたというのも面白かった。
その他、磯田道史さんが吉宗のやったことを、物や人を「集める、知る、選ぶ、活かす」の四段活用とまとめていたこと(採薬使、薬草、めやす箱など)、具体的には理解できなかったが荒俣宏が日本におけるルネッサンスだったといったことが印象的だった。いずれにしても、吉宗の成し遂げたことの数々は「スーパー業績」と言ってもいいのではないだろうか。
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