2022年11月8日火曜日

「恕」という老子思想の核心

 正月の鏡餅をネズミのカップルが盗んでいくところを描いた仙崖の作品『鏡餅と鼠図』がある。仙厓は、ネズミが盗んで行くことこそめでたいのだと賛文に書いている。この意味すするところは、親鸞の有名な言葉「善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや」に通じるところのある、と「仙崖の傑作『鏡餅と鼠図』」に感想を書いたが、老子の思想にも通じることがわかってきた。
 老子は、「生涯行うべきことを一文字で表せましょうか」という弟子の問いに対し、「それは恕(じょ)だよ」と答えたという。その恕とは、「相手の身になってものを考える優しさや思いやりのこと」である。(『90歳を生きること 生涯現役の人生学』、童門冬二著、東洋経済新報社、2018年、p17からの要約)だとすれば、『鏡餅と鼠図』は鏡餅を飾った人に対する相手(ネズミのカップル)の身になってものを考えているから、「ネズミが盗んで行くことこそめでたい」ということになるのだと思う。
 このような仙崖の思想や老子の思想が行き渡れば、平和の問題も解決するのではないか、そんな希望も生まれてきた。自国第一主義になってしまい、相手の身に立って考えられなくなるからこそ、戦争といった悲しい選択に走ってしまうに違いないのだ。核弾頭を保有している権力者たちには、核弾頭を落とされる相手の身のことなど念頭にないに違いない。仙崖の思想や老子の思想のさらなる展開発展が望まれる所以であろう。

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