だが、ここで一つの疑問が生じる。主権在民の憲法の下で、「国策」や「国の専権事項」というのが許されるのか、ということである。この問題は置いておくとして、『さよなら朝日』は、もう一つの重要な観点に言及している。「主権国家内に他国の軍事基地があり武装組織が常駐していることは本来異常なことだ」という認識である。もっともな話であるのに、この観点から米軍基地が問題視されることはあまりない。”馴れ”だろうか。そんなことを言わないで、これからみんなで考えて行かなければならないテーマであろう。
辺野古移設強行がまかり通るならば、たとえば原発や放射性廃棄物処分場の立地をめぐっても「国策」や「国の専権事項」の名の下で同じことが起きる、という指摘がある。他方で「国の存立に関わる安全保障の問題だけは特別だ」とも言われる。私は、後者の考えをとる。ただし、辺野古移設推進派が正当化の便法として使う意味とは違う。
主権国家内に他国の軍事基地があり武装組織が常駐していることは本来異常なことだという世界的な常識に立ち返れば、基地をこれ以上受け入れられないという「民意」が示されたなら、日本政府はその事実をもって米国と外交交渉を重ね、普天間飛行場の無条件返還を強く求めなければならない。
その際に日米地位協定の一条一項(米側に日本国内どこにでも施設・区域の提供を求める権利を事実上認めたもの)、あるいは日米安保条約そのものが障害になるというのなら、そのときこそ(原文は傍点)国防のあり方が根本的に問われることになる。(『さよなら朝日』、p160)
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