2021年5月26日水曜日

忘れてはならない核兵器事故

 核兵器禁止条約が成立しても、核戦略は変更はない。朝日新聞デジタルの記事<「そのとき」を待つICBM 米軍基地で見た核発射訓練>を読むと、何気ない日常の背後で日々行われている訓練に想いを馳せてみると、これでいいのか、という思いが募る。
 考えてもみてほしい。何気なく使っている「そのとき」の重みを!!
 ICBMとは、大陸間弾道間ミサイルの略で、爆撃機や潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)とともに、米国の核戦力の三本柱の一つだという。世界のこれらの弾頭にある核兵器が、たとえ事故であったにせよ、一度発射されたらどうなるか、世界はどうなるか、想像していないのではないか、と思ってしまう。
 新訳「ラッセル=アインシュタイン宣言」でも書いたが、わが子や孫たちが、即死、そうでなければ、「病いと肉体の崩壊という緩慢な拷問を経て、苦しみながら死んでいく」ようになってしまう、かもしれないのだ。
 たとえ事故でも、と書いたが、『核文明の恐怖 原発と核兵器』(H.コルディコット著・高木仁三郎訳、岩波書店、1979年)によると、その時点で、「三〇年の間に、事故が一〇〇回以上も記録されて」いると、次のように報告されている。

 ここ三〇年の間に、事故が一〇〇回以上も記録されており、その中には、以下のようなケースがある。核装備をしたアメリカの潜水艦が、すでに何回もソ連の艦船と衝突している。核兵器を搭載したソ連の飛行機が、日本海に突っこんだ。ソ連のミサイル駆逐艦が黒海で爆発し、沈没したと伝えられる。またアメリカの飛行機が、誤ってスペイン上空で四個のブルトニウム爆弾を落としてしまったととも知られている。*
*アメリカは強く汚染した土を何トンも掘って、サウス・カロライナ州バーンウェルの溝の中に埋めたが、この土地は毎月一〇〇ミリも雨が降るので、サパンナ川にブルトニウムが流れ出さないかと心配されている。
 私たちの未来は、このように人為的な誤りに左右されかねないが、それだけでなく、人間感情のもろさも問題だ。向うみずな権力者や、ストレスを強く受けた人間が大惨事を起とすこともありうる。ニクソン元大統領が辞任する数週間のことであるが、ニクソンが核戦争のスイッチを押すのではないかと心配した政府の高官たちは、ボタンを取り去ってしまったと伝えられる。またブレジネフ首は、時には急性の精神発作をひき起とすコーチゾンを服用していた。(p110)
 こうした核兵器事故は、決して忘れてはならない。強くそう思う。それだけに残念なのは、『核文明の恐怖 原発と核兵器』のような本が絶版であることと、図書館でも開架書庫ではなく、閉架書庫にあったことだ。
 高木仁三郎で検索し、閉架書庫にあった『太陽とともに 自然と共存する技術』(ゴットフリー・ボイル著・高木仁三郎訳、社会思想社、1978年)という本も見つけた。読んでみたい本である。

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