板倉聖宣著『発送法カルタ』の本を探していたら、書棚にあった『壷井繁治詩集』(飯塚書店、1975年)が目に止まり、手に取ってペラペラと読んでみた。そして、好きだった「朝の歌」という詩に出会い、それとの関連で、カントが「これでよし」と言って、満足して死んでいった話を思い出した。カントのような死に方(生き方)をしたいと思うようになり、カントの哲学にも興味を抱き、自分なりに読んできたことも。
生まれ変わったような
朝をむかえたい
その日かぎり
死んでも惜しくないような
「初心に帰れ」と言われるが、この詩に出会い、初心を思い出すことができた。 と同時に、気に入った新しい詩を発見した。「水 <水は方円の器に従う>」である。
どんな器の中にでもおさまって
音さえ立てぬやつ。
溜桶や、下水の中で、
ボーフラを育てるやつ。
流れを止めれば腐り、
腐ることで微菌を育てるやつ。
コップ一杯ほどの
溜り水を眺めて、
平穏無事だと考えているやつに、
水よ、
洪水の日のあるのことを知らせてやれ。(p108)
この詩を読んで、原発事故のことを思った。水のように何がなく電気を使っているが、「事故の日があることを知らせてやれ」と、この詩は教えているような気がした。
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