2020年11月9日月曜日

戦争の放棄 → 世界平和への大道!

  昨日、「新憲法が指し示してくれた平和な日本」に対する希望に溢れていた時代があった、と書いた。そのことを、新憲法が指し示してくれた「世界平和への大道」、「我々はこの理想を掲げて全世界に呼びかけんとするものであります」と呼び掛けた国会議員の演説とともに紹介している文章を見つけた。
 新憲法発布の「当時政府も国民も、新しい憲法によって日本は平和国家になったのだ、2度と再び戦争はしない国になったのだ。軍隊などは一切ない国になったのだ、と信じ、これを疑う者はいなかった」という。この時、こうした平和憲法に対する信念のようなものが、日本国民の深層心理に深く刻まれてしまったのかもしれない。だからこそ平和憲法は、散々と攻撃されながらも、こうして命脈を保ち続けてこれたのだ、と。


 とにかく、日本政府に委せていてはとうていポツダム宣言に洽った憲法ができるはずはない、とマッカーサー司令部から改めて英文の草案が政府に示された。これが同年2月13日のことである。
 いわゆるマッカーサー3原則のもと、ホイットニー民政局長が25名の同局員を督励して、1週間でこの草案を作り上げたというのは有名な話である。これを受け取った政府内ではいろいろ議論が交わされたが、結局これを受け入れ、これを草案にして新憲法を作るということになった。その年4月に総選挙が行われ5月自由党の吉田茂内閣が成立した。新しい選挙法の下に選ばれた国会で、憲法改正が審議され、全会殆どー致で日本国憲法案が可決され、同年11月3日に公布、翌年5月3日に施行されることになった。
 この改正手続きは旧憲法73条の規定に基づいて行われたものであるが、実質的には革命的な変更であったと言える。
 当時、衆議院の憲法改正特別委員会の委員長だったのが後に首相となった芦田均である。この人が当時行った委員長報告演説は今も語り草として残っている。その一部を引用する。
 「侵略戦争を否認する思想を憲法に法制化した前例は絶無ではありませぬ。しかし我が憲法のごとく、全面的に軍備を撤去し、全ての戦争を否認することを規定した憲法は、おそらく世界においてこれを嚆矢とするのでありましょう(中略)。改正憲法の最大特色は大胆率直に戦争の放棄を宣言したことであります。これこそ世界平和への大道であります。我々はこの理想を掲げて全世界に呼びかけんとするものであります。かかる機会を与えられたことに対し、私は天地神明に感謝せんとするものであります」
 まことに大演説である。芦田均自身感激に涙を流していたのかも知れない。大拍手が起こったのも当然だったろう。
 新憲法が作られて文部省は「新しい憲法のはなし」という冊子を作って、生徒に配付した。これには軍艦や戦車がゴミとして捨てられる挿画とともに、もう日本には軍隊はいらない、と書かれていた。とにかく、この当時政府も国民も、新しい憲法によって日本は平和国家になったのだ、2度と再び戦争はしない国になったのだ。軍隊などは一切ない国になったのだ、と信じ、これを疑う者はいなかった。(角尾隆信著、「憲法制定のころと私の青春」『憲法の危機をこえて 弁護士活動からみえる人権』、宮里邦雄編著、明石書店2007年、p18~19、強調は引用者による)

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