「若きセザンヌの挑戦」(諸橋近代美術館)の解説に、「十九世紀のフランスにおける美術界はまさに『革新』と『近代化』の時代」とあった。その時代の一人であるピカソは、「蒐集していた作品の中でもセザンヌのものは常に手元におき、作品からヒントをもらっていた」 らしく、「彼は私たちすべての父親のような存在でした。私たちを守ってくれたのはセザンヌだったのです」と書いている。そんなピカソの革新的な側面が強い作品は、「アヴィニョンの娘たち」のようだ。<個性こそが新しい「美」の定義>という次の解説が、そのことを物語っている。
恐るべき一作だ。何かすごいって、画面に登場している五人の女たちが、まったく美しくないところだ。美しくないどころか、醜い化け物のようですらある。左側の女は、それでもまだ「女」であるとわかる。しかし、右へいくほど顔や姿の抽象化が進み、右端のふたりは宇宙人か怪物のようだ。当時、女性の裸体像といえば、理想化されて、崇拝されるべき偶像として描かれたものだ。それがこの醜さ。この作品を最初に観た人は、どれほど驚いたことだろう。腰を抜かした、という表現がぴったりだったはずだ。彼の友人たちも「とうとうピカソは頭がおかしくなった」と嘆いたらしい。
人々が腰を抜かし、友人たちが離れていく。 —— そんなリスクを負ってでも、しかしピカソはこの一枚を世に送り出した。本件は、個性こそが新しい「美」の定義であると信じた画家の挑戦であり、その後の二十世紀美術を導くマニフェストとなった。
結果、この一枚の絵で、美術史は塗り替えられた。世界は変わった。私たちはピカソを「体験」することになった。
本作をみつめれば、俺こそが「絶対」なのだ、という画家の叫びが聞こえてくる。(原田マハ著、『いちまいの絵』、p46)

0 件のコメント:
コメントを投稿