消えた星は、多分ユダヤ人のことで、ここでいう屠殺所は、アウシュヴィッツ収容所のことだと思う。こうして読むと、やはりインパクトがある。
歯
タデウシ・シリヴィヤク(ポーランド)
この星座からは、一つ、二つと絶えることなく
星が消えていった。
毎日、人を殺すための収容所から、
彼らはやってきた。ここ屠殺所に。
そこは動物が殺されていたところ。
彼らは、星飾りのある白いバンドつきの
手袋をはめていた。
彼の仕事は、牛の胃から内臓を抜き取ること。
彼は長い時間をかけ、煮えたぎる湯の中で、
すっかりきれいになるまで、すすぎ続けた。
屠殺所の仕事は悪くはなかった。
人の目をかすめては、新鮮な動物の
血を飲むこともできた。
それは健康によかったし滋養もあった。
ある時、ユダヤ人たちは、夜、
収容所にはもう帰ってはこなかった。
古びた豚小屋の、扉という扉には、
すべて鍵がかけられた。
朝早く、
彼らを殺してしまうためであった。
彼は扉の前に座りこみ、
歯を鳴らした(注)。なぜなら彼は歯で
音楽を奏でることができたので。
シンバルのプレートを鳴らすように、
歯に爪を当て鳴らした。
唇を左右に開いたり、すぼめたりして
音楽を奏でた。その音楽は、
水道の蛇口から、
早く落ちる水滴を思い出させた。
監視しているドイツの死刑執行人たちが
彼をおびきよせ、
どうやって音を奏でるのか? ときいた。
彼はやってみせた。
彼は”林を三人のニンフが歩いていく……”を
やってみせた。
ドイツ人は、彼がやるように
やってみはしたのだができなかった。
将校たちのところへ彼を連れていき、いった。
”見給え、歯で音楽を演奏することのできる
ユダヤ人を連れてきたよ”
そして演ってみろ、と命じた。
彼は音楽を奏でてみせた。
彼らはその音楽に耳を傾けていた。
彼らは、次から次へと
いろいろな音楽を思い出しては、
それを演奏するよう命じた。
彼は、そのすべてを知っていた。
ドイッ人たちは、その翌日、
豚小屋に閉じこめられていた
ユダヤ人たちを殺してしまった。
彼だけが生き残った。
そしてもう収容所には戻らなかった。
彼は毎晩ドイッ人のところに
やってきては音楽を奏でた。
犬小屋の麦藁の土で、
黒いドイツ狼に混じって、寝ていた。
収容所にいるユダヤ人たちは、
皆、彼を嫉(そね)んだ。
彼らの中には、
何人かのよい外科医やエンジニアや
化学者、そして画家などがいた。
しかし、彼らの中の一人として
歯で音楽を奏でることの
できるものはいなかった。
その彼らは、
すべて射殺されてしまったが、
彼だけは生き延びていた。
ドイッ人たちは動物に慣れ親しみ、
そのいろいろな芸を好んでいた。
ある日の夜、
そこから彼が逃亡してしまった時、
ドイッ人たちは口惜しがった。
愛していた犬が、
不貞を働いたことが、わかった時のように。 (『現代東欧詩集 世界現代詩文庫15』、かだみちこ/ほか編訳、土曜美術社、p30〜32、原文は、改行もない読みにくい散文だったので、空白を入れ、詩の形に引用者が編集)
(注)ポーランドの子供たちがよくやる歯に爪を当て音楽を奏でる遊びの一つ
0 件のコメント:
コメントを投稿