「新憲法の客観的条件」というコラムは、1946年11月4日の毎日新聞の一面コラム「余禄」である。新憲法公布時の国民の状況が伺い知ることができて興味深かった。「現行憲法発布の時は全国民が全く有頂天だった」ということは、それだけ、全国民が新憲法を歓迎したということであろう。憲法がまだ新しい時代、「新憲法が指し示してくれた平和な日本」に対する希望に溢れていた時代があったであろうことを誇りに思えた。
新憲法の容観的条件マ元帥は「新憲法は世界平和への一歩前進」だと祝福してくれたが、われらも確かにそうであり、 又そうでなくてはならぬと思う。戦争放棄の規定を持った憲法は前例がないではないが、今の日本ほどこの目的を達するための客観的条件を備えていた前例はどこにもない。
この客観的な平和への熱望によって全国民は「新しい希望に胸をふくらませ」ねばならない。日本人は確かに欠点の多い国民だが、しかしまた特長もある。欠点を反省するとともに特質をどんどん伸して行かねば駄目だ。何よりもわれわれは希望と自信を持たねばならない。その希望と自信になるのも叉新憲法だ。
三日の憲法公布式典が全国的に平静に行われたのは良かった。しかし何か熱意が足りぬように見たのは僻(ひが)みであろうか。この式典にあたって国民は外面的な喜びから内面的な反省と沈思に傾くのが当然である。しかし、もし一般に無関心などという徴候があったら厳しく指弾されねばならない。 現行憲法発布の時は全国民が全く有頂天だった。三日間の祝祭で交通関係、旅館、酒楼その他商況大繁昌を呈したという。左党が羨ましがる話は、当時灘の第一流酒一樽百八十円だったのが、十円騰貴したのを初めとして、関係職人の労賃が二割方あがった。
しかしその三日間に汽車で上京した者は上野駅から三千余名、新橋駅から一万五千六百名とあるから半世紀前の交通機関の状態も想像される。
これらは何れも現在と時世の相違を痛感させることばかりだが、憲法発布と同時に各地方で憲法講演会を開き役人や学者を中央から招いている。これだけはわれらの学ばねばならと (21・11・4)(『余録二十五年』、丸山幹治著、毎日新聞社、1954年、p137~138、強調は引用者による)
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