昨日のブログで、原発事故による大惨事の恐ろしさを書いたが、 核兵器による大惨事も一緒だ。そうした大惨事を避けようとする目的は、人類にとっての最重要事項であることは間違いない。「今持つべき目的は、何か素晴らしいことをしようというのではなく、酷(ひど)すぎる状態になってしまうのを避けることです(エマニュエル・トッド)」(鷲田清一:折々のことば、朝日新聞、2020年11月26日)という言葉も、そう諭している。
何か素晴らしいことをしようとする目的は、誰もが持とうとするが、酷(ひど)すぎる状態になってしまうのを避ける目的は、意識しなければ持てない。だからこそ、最悪の状態になってしまうことを避けることを意識し続けることが必要だと思う。
前に『核のボタン』という本の紹介をしながら、いかに現代社会が「核兵器による大惨事」を起こしやすい状態にあるかを書いたが、今日読んだ論文、都留重人著「日本の生きる道 『平和憲法』と『人間尊重』を柱にして」『朝日ジャーナル 1980年5月30日号』)でも、「核兵器の廃絶は、現在、何にも増して最優先さるべき人類の課題である」として、次のように書いている。
かりにも、時として人間に避けがたい過失、戦略上のデザインの不首尾、政治的な誤断、あるいは単純な故障や事故のために、現に五万個をこえる核弾頭の一つがどこかで爆発するようなことがあれば、その及ぼすところの被害は、スリーマイル島原発事故の比ではない。日本こそが、世界の先頭に立って、核兵器廃絶を含む軍縮のリーダーシップをとるべきだということに、日本国民の大部分が同意すると思う。(p90、強調は引用者による)
現在の核弾頭は、最大6万4千個から減ってきているものの、保有国は拡散し、それだけ危険性が高まっていると見て良い。日本国憲法の誠実な実行がますます必要とされる所以である。

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