昨日、マーク・トウェインの作品『不思議な少年』の中の戦争批判部分を紹介した。わかりにくいところもあったこともあり、原典を読んでみた。やはり、省略してあった部分も読むと、スッキリとわかった。それだけでない。なるほどと感心させられた文章を見つけることができた。このところを読んで、学術会議の本質は、我々国民が、圧迫され、侮辱され、堕落させるられていることなんじゃないか、と思えてきた。少なくとも侮られていることは事実である。
「いや、そうなんだ。ぼくは人間ってものをよく知ってる。羊と同じなんだ。いつも少数者に支配される。多数に支配されるなんてことは、まずない、いや、絶対にないと言ったほうがいいかもしれんな。感情も信念も抑えて、とにかくいちばんの大きなひと握りの人間について行く。声の大きな、そのひと握りの人間というのが、正しいこともあれば、まちがっていることもある。だが、そんなことはどうだっていいんで、とにかく大衆はそれについて行くのだ」(『不思議な少年』、岩波文庫、p196)。
「君主制も、貴族政治も、宗教も、みんな君たち人間のもつ大きな性格上の欠陥、つまり、みんながその隣人を信頼せず、安全のためか、気休めのためか、それは知らんが、とにかく他人によく思われたいという欲望、それだけを根拠に成り立ってるんだよ。そりゃ、そうした制度は、永久につづくだろうさ。つづくところか、いよいよ栄え、いよいよ君たちを圧迫し、侮辱し、堕落させることだろうよ。だが、それは君たちが相変らず、いつまでも少数者の奴隷になっているという、ただそれだけのことが原因なんだな。そうした制度に人民の大多数が心の底から信服してる国なんて、けっしてなかったからね」(同上、p197〜198)
0 件のコメント:
コメントを投稿