2020年5月31日日曜日

人民の社会を求めた石川三四郎(1876年- 1956年)

 田中正造のことを調べていて、石川三四郎が1930年頃にすでにソビエトの本質を見抜いていたことを知って驚いた。その上、「民衆そのものの自由協同主義国家」なるものを、想定していたのである。次の二つの文章の通りである。
 幸いにも、県立図書館に全集がある。石川三四郎の思想をもっとしらべてみたい。

 或る意味に於て、今は世界の終末の日が到来したのである。今日世界の人類に課せられた更生の道は、単なる私有制度、資本主義組織の廃止なぞによって達成せらるべきものではない。ボルシェヴィキ下の露国民衆も、ファッシスト下のイタリイ民衆も、それぞれの桎梏の苦難に堪えかねている。この両国の監獄が政治犯人で溢れているのでも察せられよう。 (「田中正造翁の予言」『原点でよむ日本デモクラシー論集』、堀真清編、岩波書店、2013年、p78)

 地球の表面のどこに、どこかの一隅にでも民衆のための、本来の趣意を達成するための国家というものが今一つでも存在するか。奴隷の国はある。器械の国はある。国家という搾取機構はある。権力服従を道義の如く扮飾する帝国主義の国家はある。けれども国家を組織する構成分子たる民衆そのものの自由協同主義国家は一つも存在しない。言葉を換えて言えば、地球上には「人民」の社会は消滅して了った。そして人民を奈落の底に陥れておいて、今日は非常時だという。何の故の非常時だ。(同上、p77)

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