2020年5月27日水曜日

抵抗の日常化

 『暮しの手帖』(2018年8~9月号)に、「今日拾った言葉たち」という武田砂鉄さんの文章があった。その最初の言葉が、「抵抗の日常化」だ。全文引用すると、

 2014年に発生したセウォル号沈没事故。韓国の作家・学者ら12名が、この惨事と向き合わなかった国家への憤りを注ぐ一冊。船長など乗務員だけが海洋警察に救出され、「じっとしているように」との船内放送に従った多くの学生が死んだ。事故後の調査でも、国家は嘘をつき続けた。「抵抗の日常化、それだけがセウォル号で死んでいった子どもたちとの約束を守る道だ」と誓う。為政者の嘘を許し続ける日本人も、持つべき姿勢ではないか。(キム・ソヨン精神分析学者『目の眩んだ者たちの国家』より)

 沈没事故があったことは知っていたが、<船長など乗務員だけが海洋警察に救出され、「じっとしているように」との船内放送に従った多くの学生が死んだ>ことまでは知らなかった。「為政者の嘘を許し続ける日本人も、持つべき姿勢ではないか」という指摘に、全くその通り、と共感の拍手を送りたい。
 そして、次のように言い換えてみた。
「抵抗の日常化、それだけが15年戦争で死んでいった戦死者たちとの約束を守る道だ」
「抵抗の日常化、それだけが森友問題で死んでいった赤木さんとの約束を守る道だ」

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