2020年5月19日火曜日

理想のほうを考えることの中心に

 あれだけの惨事を引き起こしてしまったにも関わらず、その数は少ないとはいえ、原発の再稼働が認められている。目立った反対運動も起きない。政治問題等々、次から次への問題が起きるたび、原発問題が記憶の底に沈殿してしまうのではないか、という恐ろしさを感じている。しかし、次のような文章に出会い、カルチャーショックを受けてしまった。

 * 原発がいいか悪いかじゃなくて、原発をどうやってやめるかっていうこと、これからどうやってその気持ちをみんな待ちつづけていくのかということを考えつづけないといけない。(『考える練習』、保坂和志著、大和書房、p31)

 * 問題は、自然エネルギーで電力が賄えるか賄えないかじゃなくて、賄うようにしなきやいけないんだよ。(同上、p29)

 * だから、原発を使わずに生きるのが人問だっていうふうに、理想のほうを考えることの中心に置かないと、何を考えてもしょうがない。(同上、p 30)

 * なぜなら、「人間の歴史って、あと100年とか500年とか1000年とかってものじゃないわけでしょう。あと1万年とか考えたときに、原発は絶対、どこかでトラブルになるよ。逆に、もし人類があと100年とか500年しか存在しないとしたら、それは原発の大事故か核戦争が起きたときだよ。
 隕石だってあり得るし、テロだってあり得るし、民間の飛行機が落っこちることだってあり得る。そのひとつの事故で原発は致命的なことになってしまう」(同上、p 29)。

 考えてみれば、何事も、目標があって初めて前に進むことができる。「だって〜」という言い訳を言うことは、初めから諦めてしまうことに通じる。理想を掲げ、難関を排し、そこに向かって行くだけなのだ。

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