2020年5月7日木曜日

真の安全保障を求めて

 「核の傘」維持を米側に求めていた、というニュースには驚いた。

 米議会で開かれたペリー元国防長官が座長を務める諮問会議に秋葉剛男駐米公使(現外務次官)らが呼ばれた。秋葉氏らは3枚紙を配り、米国の核政策に注文をつけた。
 「日本を取り巻く現在の安全保障環境は、米国の核抑止を含む抑止を必要としている」「米国が配備する戦略核弾頭の一方的な削減は、日本の安全保障に悪影響をもたらしうる」――。(朝日新聞、2020年4月30日)

 というのである。そして、朝日新聞の主張でさえ、「核を含む脅威が高まるなか、日本が主導し、アジアでの軍備管理の仕組みづくりに道筋をつけられるか。政府の主導力が問われる」(朝日新聞、2020年4月30日)と、中国や北朝鮮の「核を含む脅威」を前提に議論を進めているのだ。
 近視眼的な見方で議論を進め、結論を導き出していいのだろうか。
 家永三郎さんの論文「戦後は終わったか」では、15年戦争(太平洋戦争ではない)に遡って、それらが戦後にまで引きずっていることを明らかにし、「太平洋戦争のとらえ方」では、それらと真剣に向き合わない限り、日本の、強いては世界の安全は保障されないのではないか、と次のように述べている。

「政府の行為によって再び戦争の修禍が起ることの日本国憲法の平和主機を堅持していくためには、「再び」「起ること」を防止すべき当の「戦争」の真実を知ることは、 日本国民にとって欠くことのできない基本的教養といわなけれぱなるまい。(「太平洋戦争のとらえ方」『家永三郎集・12』、p49)

 ということは、15年戦争の真実を知り、その真の反省を経て初めて、真の日本の安全保障というものが明らかになる。それは、日本国憲法の平和主機を堅持していくことであることに他ならない。


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