2020年5月12日火曜日

南京城占領直後の光景を報道した記事

 日の丸の旗を国旗として制度化しようという問題を取り上げ、日の丸の旗がいかに戦争と結びついたものであるか解説していた論文「歴史に逆行するもの」『家永三郎集15巻』がある。そこに、昭和12年12月13日の『東京朝日新聞』号外の記事に、南京城中山門に翻る日章旗が映った「南京占領直後の光景を報道した写真」(p300)がある、とあった。
 どんなものかが気になって、図書館で当時の新聞を調べてみた。号外は見当たらず、昭和12年12月13日の『東京朝日新聞』は、あった。「南京・南側全壁に日章旗飜る」と大々的に報道されていた。
 この新聞で私が注目したのは、「本社記者南門一番乗り」という記事の方だ。そこには生々しい記事があった。

 記者は取るものもとりあえず決死の一番乗りを覚悟し、・・・挺身爆破工兵隊のトラックに飛び乗って息もつかず驀進した、弾丸は雨霰のごとく飛んで車上の爆破材料にはね返える、生死の間を彷徨する思ひだ、・・・・時に午後一時時五分、長谷川部隊の城壁爆破である、この爆破路に突撃の姿勢にあった歩兵の将兵は期せず「やったやった日章旗をあげたのは三人だぞ」と歓声をあげる、・・・あ丶なんたる緊張した刹那だろう、記者は力強い日本武士の大和魂の発露を見た、記者等の両眼からは期せずして感激の涙が止めどもなく流れた







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