2020年5月22日金曜日

人類の理想、それを新しい国づくりの手段とする

 この短い文章の中に、日本国憲法を手段にして新しい国づくりを使用、という意欲が溢れている。「国の表情が豊かになり、行儀がよくなれば、おのずから外からも敬愛されるようになろう」、これでいいではないか。だから、軍備など必要ないのだ!

 われわれは現に平和憲法を持つ。 
 入れ知恵で出来たかどうかというようなことは、もうどっちでもいい。われわれは戦争を否定する憲法を持つ。とにかく現実をつきぬけた夢をいだき得た。これが大事である
 そのイメージ、勇気、信念をあくまで見失ってはならない。
 私は、ソ連のフルシチョフ首相の国連演説を、実はまだ読んでいない。そんなアイドルボーイだ。が、われわれの夢は、まんざら根なし草の幻想でないことがわかる。やはりそれは人類の理想、祈願につながる。それをわれわれは新しい国づくりの手段方法とするのである
 そのためには、これまでのゴマカシ、歪曲を一つ一つ改めて行く 必要がある。今からでも決しておそくはない。
 全体アメリカの占領軍は、とうに今頃引上げている時分ではなかったか。いろいろ世話にもなったろうが、お礼はお礼、あまり印象を悪くしないうちに、国へ帰って貰う方が、お互さまのためだ。そしてこっちはあとの掃除をしなければならない。安保条約はよく話し合って破毀して貰いたい。中国とは早くもっと仲を直さなければいけない。こんなわかりきった話はない筈である。
 そんなことで日本はやってゆけるか、ひとり歩きできるかと、疑う人があるかも知れない。
 そんな弱気では困る。やって行かなければならない。それより外にみちはないのだ。平和に働いて、仕合せよくなろうというのに、力をこそ貸せ、誰もとがめだてするわけがない。尤も今までと勝手が違うから、困難はいうまでもない。しかし、アンヨは上手、よろめいても何でも、ひとすじに行けばいい。何かにぶつかっても、足許に気をつけて、真ッ直ぐに行けばいい。道を道らしくする。 水の出ない水道を出るようにする。無暗にけんかして、刃傷沙汰を起す愚連隊をなくす。一家心中や姉妹心中をなくす。家のないものに家 を与える。食えないものに仕事を与える。働いても食えないようなことのないようにする。
 こういう工合に、手近かなところから、内を次第に治めて行って、国の表情が豊かになり、行儀がよくなれば、おのずから外からも敬愛されるようになろう。きちんとして、自分の分を守って生活しているところへ、やたらになぐり込んでくるヤクザみたいな国なら、よし、そんなものが今時かりにあるとしても、それこそ素手で睨み返すだけの、人間的威厳は持ち合せようというものである。それ程に、われわれが強い意志、深い知恵、限りない愛情を持つ民族に新生することである。 (濱村米藏 [演劇評論家]著「私はこう思う・平和憲法の下で」『世界』、1959年11月号、p101~102、強調は引用者による)

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