ジャケットを脱ぎ捨ててしまう癖があって、いつもお母さんに注意されていた男の子がいた。その子がカンフーを習うことになった。そうして、毎日の練習のたびに、「ジャケットを掛けて、ジャケットを着て、ジャケットを脱いで、ジャケットを拾って」を繰り返すようになった。すると、いつの間にか、ジャケットを脱ぎ捨ててしまう癖が治ってしまっていた。
しかし、何千回と同じことを繰りかえす練習に対して疑問を感じ、先生に抗議することになり、そこで、初めて本格的なカンフーの練習に入る。そのとき言った先生の言葉が、「カンフーは、すべての動きの中にある。すべてがカンフーだ」だった。練習するときも、「はい、ジャケットを脱いで、はい、そこでジャケットを拾って」といいながら手の動き、体の動きを教えていた。無駄に見えた今までの単調な練習が、カンフーの基礎練習になっていたのである。
先生の「カンフーは、すべての動きの中にある。すべてがカンフーだ」という言葉は、正確に聞き取った分けではないが、内容は間違いない。この言葉には、カンフー意外にも使える普遍的な真理が含まれている、と直感的に感じた内容だったからである。例えば、ヨガや操体の動きなども、日常的な動きの中で練習できるのではないだろうか。だから、「ヨガは、すべての動きの中にある。すべてがヨガだ」ということもできると思えたのである。
だとすれば、歩くことや自転車や車を運転することにも、ヨガに通じるものがなければならないことになる。これは重要なことだ。逆に言えば、このような視点でヨガや操体を学ぶこともできる、ということでもある。新しい課題を見つけた。新しい視点を持ってヨガや操体を学んで見たいものである。(映画「ベスト・キッド」を観て)
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