最近、幸福には人それぞれの感度があると思うようになってきた。不幸と感じている人、日常的に不満ばかり抱えている人の幸福の感度は高く、なかなか幸福感を得ることが難しい。それに対し、いつもニコニコして幸せそうな人の幸福の感度は低く、日常の些細なことにも感謝し、幸せに思える。
てるかず氏によれば、「モノを必要最小限にまで減らすとある変化が起きてくる。あらゆるモノやコトが、ありがたく感じられるようになる」というけれど、吉本ばなな氏によれば、意識を変えるだけでも、幸福の感度が低くなり、「掃除したり、ごはんをつくったり、洗濯したり」といった日常の生活の中で幸福を感じられるようになるように思えてくる。
誰もが歳をとって「いつかだんだん生活ができなくなってくる」ことを思えば、確かに朝起きただけでも、暖かくして寝れるだけでも、幸せなことなのである。毎日、幸せだな、と感謝しつつ言葉にすると良いのかもしれない。
モノを必要最小限にまで減らすとある変化が起きてくる。あらゆるモノやコトが、ありがたく感じられるようになるのだ。「ありがたい」は漢字で「有難い」と書く。文字通り「有る」のが「難しい」ので【減多にないこと・珍しく貴重】という意味合い毎日食べる物があり、暖かい布団で眠ることが出来て、誰かにいきなり襲われる心配が無い治安の良さ。これは当たり前ではなく、世界的に見ても、歴史的に見ても有難いことである。だ。(『ミニマルライフ:「減らす生き方」』、てるかず著、てる書房)、Kindle版)最近の本で「毎日が蜜だ。生きているだけで丸儲(もう)けだ。今日が来るのが嬉(うれ)しい、目を覚ませるのが嬉しい。だいたいの人がみな愛(いと)おしい」って書きましたけど(「私と街たち(ほぼ自伝)」)、それはほんとうですよ。結局、幸せって、生活の中にあるんだと思います。掃除したり、ごはんをつくったり、洗濯したり。そのことじたいが、幸せなことだったということに気づく。だって、みんな年を取るんですからね。いつかだんだん生活ができなくなってくる。(吉本ばなな著「毎日が密 幸せは生活の中にある」『朝日新聞』、2023年1月10日)
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