2022年5月6日金曜日

今こそ「世界人権宣言」の徹底を

 『闇を喰む 海の墓』(高史明著、角川文庫、2004年)で書かれた、「夥しい死者たちの中で」という項は、「人間の業はまことに深い。人間の世界には、なぜ支配と非支配があり、戦争があるのか。あの戦争の時代、私の前に立ち現れ、消えていった死者の数は何人に上るだろう。まだ子どもでしかなかった私の前を、幾人も幾人の死者が通っていた」という書出しであった。そしてそれは、過去形であった。
 しかしウクライナでは、現在進行形で、今日も、明日も、「私たちの前を、幾人も幾人の死者が通っている」のだ。『闇を喰む 海の墓』に書かれているのは、歴史的な過去のことである。しかし、過去に行われてきた忌々しい出来事と同じことが繰り返されているのだ。
 なぜだ!
 本を読みながら脳裏に浮かんだのが、「人権の思想」「何人も人間として尊重されなければならない」という人権の思想である。戦争下では、完全に「人権」などは無視されてしまう。踏みにじられ、蹂躙されても、泣き寝入りするしかない。なんという無情であろうか。
 つまり、人権思想の教育が行き届いていないから、戦争になってしまうのだ。今こそ「世界人権宣言」の徹底が求められているのだ。そのことを、矢内原忠雄氏は 70年も前に、次のように言及している。今こそ耳を傾ける時であろう。

  もう一度、私は世界人権宣言を読んで見る。
 「この世界に自由と正義と平和とを確立するためには、人類社会のすべての構成員が生れながらにして尊厳なものであり、かつ、誰しもがひとしく、他人に譲り渡すべからざる権利をもっているということを承認しなければならない。」
 「人間は、理性と良心とを与えられており、互に同胞の精神をもって行動しあわねばならない。」
 これは、日本国民お互の間に、即ち我々の国において我々お互の間に心がけなければならないことである。我々日本国民は、未だ真に人間の価値、人格の尊さ、人間の自由は何故重んぜられなければならないかということを、充分学びとっておるとはいえません。それを学ぶことこそ、我々が戦争に敗れて新しい日本となったことの歴史的意義を発揮する所以であります。(「世界の危機と人間の権利」『矢内原忠雄全集 第20巻 時論 3』、矢内原忠雄著、岩波書店、1952年、p151~152)

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