日曜美術館のアートシーンで、サントリー美術館で行われている「大英博物館 北斎展」のことを知った。とても行けないので、せめて図録でも、と取り寄せて読み始めた。生命力と向上心の強い北斎に強い関心を抱いてきたからだ。
例えば、「流水に鴨図」は、1847年だから88歳の作品だが、図録によるとこの年には32点もの作品を発表している。続いて、89歳に7点、90歳には12点も描いている。江戸の大火や地震で消失した作品もあるだろうから、実際はもっと多かったであろうとも書かれていた。なぜ、これほどの生命力あふれるエネルギーを持ち続けることができたのだろう。
それは、絶えず絵を描いてきたからと言える。つまり、絵を描くという行為そのものが意欲(エネルギー)と生命力を育んできたのではないか、と思う。その根拠は、「人は悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しい」という言葉だ。絵を描く場合、本当に描きたくて描く場合と、それほどでもないんだけれど、習慣的に絵筆をとってしまうこともあるであろう。そうして描き続けることで新たな創作意欲が湧き上がるに違いない。
科学研究などの知的探究における「無知の知」というのも、似たような構造なのかもしれない。新しい探究が進めば進むほど、新たな地平線(無知の知)が広がって、それにつれて探究心も強くなってくると言われている。「読む」とか「書く」という行為が学びの意欲を向上させるのに違いない。
そういえば、前頭葉の働きには、多分意欲に関するものもあった。つまり、絵を描いたり勉強を、あるいは創作を続けて前頭葉を刺激し続けることによって、前頭葉が発達する。前頭葉が発達すれば、意欲(生命力)も強くなってくる、というサイクルが出来上がる。こうして優れた画家や科学者が誕生してきたのであろう。


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