「幸福とは何か」あらゆる技術、あらゆる研究、同様にあらゆる行為も、選択も、すべてみな何らかの善を目指しているものと思われる。以下要点メモを列記しておく。
結論は明快で、「幸福を得るためには、自らをコントロールし、困難いも立ち向かうといった人間的な内的な力を身につけることが幸福になるための前提条件であり、そのためには長い習慣づけの積み重ねが必要」というもので、こうした考えを知ると、アリストテレスだけでなく、古代ギリシャの知的遺産の素晴らしさに脱帽である。
三つの善
道徳的善:「 困っている人を助ける」など道徳的に良いもの
有用的善:「お金」など役に立つもの
快楽的善:「楽しい」など快楽を与えてくれるもの
善:価値あるもの肯定的に評価できるもの
幸福という最高善は、三つの善がバランス良く組み合わせて、幸福な人生が実現していく。
一般大衆も今日のある人々もそれを幸福と呼んでおり、
「よく生きる」ということ、あるいは、「よくなす」ということを、「幸福であること」と同じものとみなしているからである。
人間はただ生きるだけでなく、理性を伴う生の活動、良く生きることで幸福になる。動物は「今ここ」に集中して生きている。それに対して人間は、「今ここ」だけではなく、視野を広げて生きていくことができる。それが理性的といい。人間としての機能、つまり理性=「分別」「物事を認識し判断する力」
持って生まれた能力や可能性をできるだけ現実化して充実した活動をする中に幸福が実現する。理性を十全に発揮するうちに幸福が見出される。
理性は欲望を抑圧するというようなイメージもあるが、「理性をうまく活用することで本能がより良い方向に花開いていく」(素晴らしい表現だ!)
・快楽的生活:快楽即幸福と考える。しかしアリストテレスは、快楽的生活は安定的に幸福に導くものではないとして、社会的生活、観想的生活を重視した。
・社会的生活:古代ギリシャのポリス、都市国家における生活、ポリスという社会の中で然るべき役割を果たすことで自己実現していく。そのことによって幸福が実現していく。
・観想的生活:真理を認識することが人間を幸福にする。哲学者の生活と言ってもよい。しかし、美術館に行って絵を見る、旅行に行って新しい景色を見る、といった「知ること自体がある種の喜びを与える」ということが重要。
人間の可能性を実現するしていくために必要なもの、それは「徳」だと次のように言う。徳というのはすべて、それがそなわるところのものを善き状態にし、そのものに自分の機能をよく行うようにさせるところのものだと言わなければならない。
徳には、思考に関するものと性格に関するものとの二種類があることになるが、思考の徳(知的徳=知的な能力を育てていくことで身につく力)はその生まれと成長とを主として「教示」に負っており、それゆえに経験と時間とを要するが、それに対して<性格の徳(節制や勇気な行為を繰り返すことで身につく力)>の方は習慣から形成されるのであって、ここから「性格の(エーティケー)」という呼び名も「習慣(エトス)」という言葉を少し変化させてつくられたのである。
徳:ギリシャ語で「アレテー」、卓越生、力量を意味し、ナイフのアレテーとか、馬のアレテーという。つまり、物が持っている能力を最大限に高めて充実した働きができる状態を徳を持っている状態という。
人間の場合にも、節制や勇気といった徳を身につけることで人間の力がつく。元々持っている可能性が現実化して充実した働きができるようになる。それは、幸福な人生を送るために必要条件になる。
枢要徳:賢慮(判断力)、勇気(困難意立ち向かう力)、節制(欲望をコントロールする力)、正義(他者や共同体を重んじることができる力):幸福を得るためには、自らをコントロールし、困難いも立ち向かうといった人間的な内的な力を身につけることが幸福になるための前提条件であり、そのためには長い習慣づけの積み重ねが必要である。
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