アリストテレスの倫理学最終回、「100分de名著 アリストテレス“ニコマコス倫理学”[終](4)“友愛”とは何か」(2022年5月23日放送)を観た。例によって、要点をまとめた。
アリストテレスは、友愛を「人柄のよさに基づいた友愛」「快楽に基づいた友愛」「有用性に基づいた友愛」と三分類。「友愛は愛されることよりも愛することに本質がある」と分析する。自己愛と友愛の関係など彼の友愛論は「愛」について考察するための豊かな素材に満ちている。第四回は、最も有名な友情論と言っても過言でないアリストテレスの友愛論を紹介して、人間にとって「友情」とは何か、真の「愛」とは何かに迫っていく。(「公式サイト」案内より)
1、人間とは「社会的な存在」である。
人と人とを結びつける「友愛」(フィリア)
人間とは「社会的な存在」であって、他者と共に生きる自然本性を持っているからである。それゆえ、人と共に生きて初めて人間である。人間は根本的に社会的な存在である。
「一人で生きるのは野獣か神である」(アリストテレス『政治学』)
2、最も正しいことと=友愛に満ちたもの
実際、愛する友なしには、たとえ他の善きものをすべて持っていたとしても、誰も生きてゆきたいとは思わないであろう。
二人で行けば・・・・。そうすれば、人々は考えることも、行為することもいっそうよくできるようになるからである。
また、友愛は国家をも結びつけ、立法家たちは正義よりも友愛に関していっそう真剣であるように思われる。(中略) そして互いに親しければ、正義をことさら必要としないけれども、正しい人たちの方は友愛をも合わせ必要とするのであり、さまざまな正しいことのなかでも、最も正しいことというのは、友愛に満ちたものと考えられるのである。
アリストテレスの「互いに親しければ、正義をことさら必要としない」ということの解説として「夫婦仲が良ければ、ことさら法とか正義を持ち出して『あれこれ』言う必要がない。うまくいかなくなって離婚すると言った時初めて、法が必要になってくる」と説明していた。
3、三つの友愛
友愛の対象になるもの
⑴、善いもの 道徳的善
⑵、快いもの 快楽的善
⑶、有用なもの 有用的善
「善が人と人とを結びつける紐帯になる」
⑴、人柄の善さに基づいた友愛
⑵、有用性に基づいた友愛(ノートを貸してくれた)
⑶、快楽に基づいた友愛(一緒にカラオケをしたり・・・)
有用性のゆえに互いに愛し合っている人たちは、相手を、相手の人そのものとして愛しているのではなくて、相手から自分自身に何か善いものが生じる限りにおいて愛しているのである。快楽のゆえに愛する人たちも同様である。 すなわち、愛する側の者たちは、相手がもはや快くなかったり、有用でなくなったりすれば、愛するのをやめてしまうのである。
だから、人柄の善さに基づいた友愛は、より持続的なもので、相手の人柄全体を互いに愛し合う。さらに、人柄の善さに基づいた友愛には、これら三つの要素が含まれている。この、人柄の善さに基づいた友愛こそ、真の友愛なのかもしれない。
4、人柄の善さに基づいた友愛を築くには
しかしながら、このような友愛は、当然、稀なものである。なぜなら、善き人々は数少ないからである。 そればかりか、そうした友愛が育つには、さらに、時間と親密さが必要だからである。実際、諺にあるように、言い伝えられているだけの塩を共に食べてみないうちは、互いに相手を知ることはできないのである。
5、長い時間をかけて付き合い続けているとどうなるか?
お互いに相手の持っている善い点を体現していくことが可能になっていく。有用性や快楽に基づいた友愛を一概に否定しないで、全ての人のつながりをグラデーションをつけつつ善いものとして認めてゆく。つまり、三つの友愛が複雑に絡まり合いながら、相互に改善し合いながら、人間関係は成立している。
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