2022年5月27日金曜日

生命力の根源としての「楽しさ」

 二年前に行った大山忠作美術館のチケットに、作品制作過程の心境についてのメモが書かれていた。改めてメモを読み直すと、描きたい対象に対する心(対象に惹かれた心)というものを大切にしていたことがよくわかる。

 何時間、何日でも描きたいものと向き合う。よく飽きないものだと自分でも感心する。それは、惹かれた心を検証するプロセスでもあるだろう。

 この人はどういう人なのか。その背景をどういう風にするかを考える。そういうことを含んだ構想を練っている段階が楽しい。

 同時に、忠作さんの作品も、結局「自画像」という側面があるのかもしれない、と思うようになった。というのも、サントリー美術館で行われている「大英博物館 北斎展」図録に書かれていた、「北斎の描くあらゆる動物が、絵の中からわれわれに向かって投げかける視線には、生き生きとした力がこもっている。ある意味では、これらはみな北斎の自画像なのだ」(p10)という言葉を思い出したからだ。
 また、「構想を練っている段階が楽しい」というのは、北斎にとっても同じだったに違いない、と思った。つまり、忠作さんのメモから、北斎の作品に対する心構えのようなものを類推できるのではないか、と思えたのだ。そして、北斎の生命力の根源に、「楽しさ」というのがあったのかもしれない、という新しい発見につながった。

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