まず、戦争がどれだけの破壊をもたらすかを、消費という言葉を用いて次のように述べている。
戦争ほどをじかけの消費をなすものはない。国民がどれだけ贅沢な消費をなすといっても、戦争の贅沢さに比較すれば、全く九牛の一毛に過ぎない。戦争が国運を賭して行われる場合には、わずかに半年を以って何世紀かに相当する分量の消費をなすのである。従って今なす一年の戦争は、今後何世紀かの間に生まれてくる国民の生活の全てを窮乏ならしめる原因となるであろう。・・・(上同、p6)だから、「できる限り戦争を避けるが国家生活として有利である」と次のように書いている。
私は今の場合できる限り戦争を避けるが国家生活として有利であると考えている。その理由は、・・日本海軍の数的価値が客観的に他に劣る限り、この劣勢の戦争において決して有利のものでないことである。・・・海軍戦は陸軍戦以上に機械力がその甚だ多くの部分を決定するのであるから、劣勢の海軍を以って郵政の海軍に当たるには、そこに移譲の決心が必要である。・・・ 換言すれば、お話にならない偶然性が国運を決定することになるのである。 これほどばかばかしい事は無いであろう。しかし我々はただバカバカしいといって済ますわけにはいかない。それが今後の戦争の現実なのだ。出来る限り戦争を避けることが現在としては有利であると私の主張する理由の一つはそこにある。(上同、 p4~5)
土田さんは、戦争に走り始めてからでも、冷静に世界の情勢を見つめ、国のとるべき方向性について発言している。今の日本も、戦争前夜のような雰囲気もあるが、まだ、冷静さは保てている。こんな時だからこそ、戦争への道に進まないようあらゆる努力をすべきである。
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