2022年4月4日月曜日

「個人の幸福と尊厳」とを守る立憲主義

 日本には多くの原発を抱えているのだから、決して戦争を始めてはいけない、と「原発も攻撃されれば「核兵器」」に書いたが、その真実性がいっそう増してきた。「原発のリスク要因として、地震や津波だけではなく武力攻撃があることがウクライナの事態で明白になった」(雑誌『アエラ』、2022年3月21日号)からだ。同じ内容の記事を赤旗日曜版(2022年3月27日号)で見つけた。以下要点を紹介する。

1、政治の役割は、戦争を回避するために知恵と手段を尽くすことです。原発が54基もある日本は、ひとたぴ攻撃されたら全滅します。軍事超大国の米国でも9・11(米国同時多発テロ)を防げなかったように、軍事力は役に立ちません。

2、「攻撃されたらどうする」ではなく、戦争を未然に防ぐ。私たちは「二度と侵略しません」と約束し、諸外国と友好を結ぶ以外に道はありません。それが、国内外で2000万人の人々を殺した侵略戦争の反省としての憲法9条の精神です。

3、国家間の陰惨な戦争に抗する思想として生み出されたのが、権力の暴走をとめ、″国家は個人の幸福と尊厳を守るためにある″とする立憲主義です。その到達点に日本の平和憲法があります。立憲主義を踏みにじることは人類の英知への攻撃です。
 立憲主義といえば、「国家権力を制限して、国民の人権を保障する」(『憲法の力』、伊藤真著、集英社新書、p66)程度の理解だった。だから、「国家間の陰惨な戦争に抗する思想として生み出されたのが、権力の暴走をとめ、″国家は個人の幸福と尊厳を守るためにある″とする立憲主義」という解説は新鮮だった。しかし、私の理解は逆だ。「権力の暴走をとめ、″国家は個人の幸福と尊厳を守るためにある″とする立憲主義」が先に生まれ、「個人の幸福と尊厳を守る」ことをて徹底するために「国家間の陰惨な戦争に抗する」9条の思想が生まれた、と考えている。

 

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