2022年4月22日金曜日

植民地主義を継続する限り「戦後」は始まらない

 清末愛紗著「植民地主義を継続する限り「戦後」は始まらない」『「戦後」とは何だったのか』(季刊『前夜』編集委員会編 、2005年)を読んだ。「いまだに植民地主義は継続されており、それゆえ戦後は始まらない」という主張を知って、正直驚いた。こんな議論もあったのか、と。
 確かに戦中は植民地主義国家だった。「イスラエルと同じように人々の生命を奪い、文化を否定し、生活を破壊するなどの蛮行を繰り返してきた、とんでもない植民地主義国家」だったが、敗戦で、民主的な国家になった、と思ってきた。
 しかし、「イスラエルと同じように人々の生命を奪い、文化を否定し、生活を破壊するなどの蛮行を繰り返してきた、とんでもない植民地主義国家なのです」と現在形で書かれ、「日本には多くの〈パレスチナ人〉(パレスチナ人と同じような状況におかれてきた人たち、たとえば在日朝鮮人という存在)がいて、いまだに植民地主義を継続させ」ている、というのだ。
 改めてよく考えると、敗戦で民主的な国家になったが、「逆コース」をたどって「米国の極東軍事政策に組み込まれた日本」になってしまったのだから、「いまだに植民地主義を継続させている」というのも頷ける。だからこそ、敵基地攻撃能力を持ちたい、などと本気で考えてしまうのだ。このように考えてくると、ロシアをさんざん批判しているが、イスラエルや米国の蛮行も、同類であること、米国と一蓮托生の日本も同類であることが理解できるであろう。

 パレスチナ難民である彼女は、ヨルダンで生まれ育ちました。生まれてこのかた、ヨルダン川西岸地区すら行ったことがありません。彼女のおばあちゃん、おじいちゃんはもともと、現イスラエル領のコフール・アナ村出身です。同村はヤッファー東部にあった村で、イスラエルの建国の過程で住民たちが追い出され、完全に廃墟となりました。彼女とは、パレスチナ人がおかれてきた状況についてよく話をします。彼女が顔をしかめながら、イスラエルが過去にずっとやってきたこと、たとえば多くのパレスチナ人から故郷を奪ったことや東エルサレムを含むヨルダン川西岸地区やガザ地区を占領していることや両地区に対してイスラエル軍が攻撃を加えていることなどを指して、こんなにひどい国は聞いたことがないと言ったことがあります。その話を聞いたとき、言わずにはいられなくなって、「私は実はイスラエルとまったく同じようなことをやってきた国の出身だ」と答えました。日本という国は、多くのアラブの国で比較的よいイメージを持たれているようなことを聞きます。しかし、その国は多くのアジア諸国を軍事侵略し、。その話をすると、彼女がびっくりしてしまいました。「えー」という顔で、そんなこと知らなかったと答えたわけです。(p 18〜19)

 ヨルダンでの調査を通して出会うたくさんのパレスチナ難民と話をするたびに、私は日本の「戦後」というのはいったい何なんだろうと思います。私は、「戦後」という言葉はあまり使いたくないと思っています。それはさきほども言いましたが、日本には多くの〈パレスチナ人〉がいて、いまだに植民地主義を継続させ、ついにそしてイラクに軍隊を送ってしまった国であることを考えると、「戦後」という言葉を使って、あたかも戦争が終わったかのように何かを検証するということが、実はあってはならないのではないかと思うからです。(p20) 

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