2022年4月3日日曜日

議会聞かず、政府顧みず

 向坂逸郎を通じて堺利彦のことを知り、その作品を読んでみようという気になった。彼の「重要さは案外知られていない」「最近になって再認識が行われ始めたようである」というところだ。「日本におけるマルキシズム運動は、この人から始まっている」という一文も、その気にさせた。
 早速『堺利彦全集・1』を借りて読んでみた。「田中正造の直訴」「徴兵法についての所感」「人種的反感」と言った興味ある随筆を見つけた。
「田中正造の直訴」では、「正造は渡良瀬川沿岸の人民に変わりて足尾鉱毒の被害を訴うる者なり。議会聞かず、政府顧みず、社会助けず、ついにここに及べり」(p 134)とあって、辺野古の米軍基地問題など、いまだに「議会聞かず、政府顧みず、社会助けず」であることを痛感し、なんという社会だと嘆きが湧き上がった。
 今は、コロナ騒動の後に戦争が起き、辺野古の米軍基地問題などどこかへ飛んで行ってしまった。世の中の目が一箇所に集中してしまっている。これでいいのだろうか。もっと社会を概観することを重視しないといけないのではないだろうか。しかし、私の思いは、なんか空回りしているような気もする。人に話しても、共感を得られなかったからだ。
 しかし、こうして冷静に考えてみると、空回りしているようでも、やはり自分の信念に自信を持ち、考え、発信していくことが大切なのかもしれない。そうして、主権者にふさわしい人間に、市民社会にふさわしい市民に成長すべく、「日々鍛錬していく」だけである。

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