江戸期を過ぎて近代に入った頃、西洋思想にならって自然との対決を望むようになってきた。それが今日の日本人の姿勢となった。今こそ「人間中心の奢りをやめ、自然破壊の動きを止めなければ、この人類絶滅への愚かな動きを何としても止めなければ、とあがく毎日だ」(96歳堀文子『サライ・2015年6月号』。この人類絶滅への愚かな動きは、自然との対決だけではない。国家間の争い、つまり、戦争行為が加わり、その速度を加速させているのだ。
今日本は、大きな転期を迎えている。70年間戦争してこなかった国から、戦争できる国へ、転換しようとしているからだ。なぜ、このようになってしまったか。それは、日本国憲法では、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と宣言しておきながら、世界有数の軍事大国にしてしまったからである。この件について柄谷行人さんは、このような状態を「 現実に憲法に反することを、憲法に従うと言いくるめるような状態は異常であり、外国に通用しないだけでなく、国内的にも危険です。憲法上存在しないはずの自衛隊が法律上存在するならば、憲法は何も決定しないことになる。法体系そのものが『決定不能』になる」(『柄谷行人<戦前>の思考』、p202)と書いているが、憲法9条に関して「あいまいで異常な状態」を許してきたツケが回ってきたというべきであろう。
これでは、人類絶滅へ”まっしぐら”であることが目に見えている。それ以前に、最高法規である憲法の条項を、現実に無視されていても、なんとも思わない心理状態は、決していい訳がない。はっきり言って異常である。「異常であるにもかかわらず、異常と認識できないことが問題ではないか」ということだ。おかしいことはおかしい、と、一人でも言い続けていくことが必要なのかもしれない。
0 件のコメント:
コメントを投稿