2022年2月23日水曜日

被曝〈衣類〉が語るもの

 写真集『ひろしま』(石内都著集英社2008年)の被写体は、被爆者が身につけていた衣類だ。このボロボロになってしまった衣類を着ていたであろう女性のことは、衣類の状態から想像で補うしかない。しかし、「〈衣〉として焼けたというのは、だれかがこの布をまとったまま、この布のなかで息絶えたということ」(鷲田清一)だけは明らかである。そして、「焼け爛れたこの〈衣〉はもう、時を刻むことも時に抱きしめられることもない」。だがしかし、この〈衣〉は、この世が存続する限り、かつての惨事を「無言で」語り続けることであろう。

 ここにある衣類の数々は、だれかの思い出のために、遺品としてきちんと畳んで、行李の中やタンスの奥にしまわれていたものではない。破れ、裂かれ、溶け、ぼろぼろにちぎれた衣類の数々。
 それらは、〈布〉として焼けたのではなく、〈衣〉として焼けた。
〈衣〉として焼けたというのは、だれかがこの布をまとったまま、この布のなかで息絶えたということだ。この〈衣〉にとって、時はそこで氷結したままである。傷を負った皮膚は、引きった傷痕をそこに残すだけでなく、傷に抗い、傷とともにもがき、傷をようやっと受け容れたその時間も刻みつけている。そう、身体は時を刻むとともに、(石内都自身のことばを借りれば)時に「抱きしめ」られる。が、焼け爛れたこの〈衣〉はもう、時を刻むことも時に抱きしめられることもない。(鷲田清一著「ひろしま』の栞」、p10

ひろしま』(石内都著集英社2008年)表紙



ひろしま』(石内都著集英社2008年)より


0 件のコメント:

コメントを投稿