それでは、ニーチェが描きだそうとした「絶対的な価値や神の裁きもない世界」における現代社会の「絶対的な価値」とは、どのようなものであろうか。一つ考えられるのが「アメリカ民主主義」という価値であり、その絶対的な価値に基づく制裁である。例えば「またバイデン米大統領は14日、ジョンソン英首相と電話で協議した。両国の発表によると、2人はロシアとの外交の余地はまだ残っているとの認識で一致。東欧の同盟国の防衛強化や、侵攻時の経済制裁の準備についても議論した」(『朝日新聞デジタル』、2022年2月15日)という具合だ。
また、日本という独立国に、70年以上にわたって米軍基地があり、米軍基地内は日本の憲法も及ばない。それだけではない。日本中のどこでも、ある日突然、日本の憲法も及ばない地域になってしまうのだ。2004年8月13日に在日米軍(アメリカ海兵隊)のヘリコプターが沖縄国際大学に墜落した事件が何よりの証拠である。目撃者の証言によると、「バスを降りて歩いてきたら、『ここは通さない』と黄色いテープやらバリケードが置かれて…この道路は封鎖状態で、大げさに言うと戒厳令だな」(「自宅近くに米軍ヘリ墜落の恐怖…2004年沖縄国際大学事故」より)と思ったという。
このような屈辱的な状態は、考えようによっては奴隷状態と変わらない。そこに、「アメリカ民主主義」という絶対的な価値が存在しているからだ。「自発的隷従」などという人もいるが、自発的であろうが、なかろうが、構造的に米国という大国に「隷従」していることには変わりがない。だから、今こそニーチェに学び、「奴隷をやめて反逆せよ!」なのではないだろうか。
| (「自宅近くに米軍ヘリ墜落の恐怖…2004年沖縄国際大学事故」より) |
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