今でも、日常の行動といったら、プラトンのいう欲望の奴隷的な側面もあるから、プラトンの言葉もいちいち胸に沁みるところがある。それにしても、プラトンの言葉が、今も立派に通用していることに驚く。古典は、やはりすごいと見直した。
自由な人間というのは、理性的な部分が意志を強くもち、欲望的な部分を制御する人だと言えます。プラトンは、自由人と奴隷の比喩を使って、いくら身分として自由人であっても、欲望によって理性が支配されている人は、欲望の奴隷であり、自由ではないと主張します。自由な人とは、理性が意志を使って欲望を制御することのできる人のことです。プラトンはそのことを次のように説明します。
もしも精神のより善き部分が、秩序づけられた生き方と愛知へと導くことによって勝利をえるならば、かれらはこの世の生活を恵まれ、かつ調和あるものとするのである。それは自分自身を支配し、秩序正しくあって、霊魂の悪の生じるところを隷属させ、徳の生じるところを自由にすることによってである。(プラトン『パイドロス』より)
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