2021年7月24日土曜日

侵略戦争と「朝鮮人狩り」

 かつては使われたが、今は使われていない「死語」というのがある。戦中に使用された「国賊」「大本営」などが有名だが、歴史を学ぶ上では大切な忘れてはならない言葉である。この度、「朝鮮人狩り」「朝鮮人女子挺身隊」「皇軍慰問」など、初めて聞く言葉に出会った。こうした言葉が語る歴史の真実に目を背けることなく、日本の将来、アジアの平和というものを考えていきたいものである。

 朝鮮人女子挺身隊に「皇軍慰問」を義務づけたが、それは「性的慰問」のことで、「従軍慰安婦」と呼ばれていた
 昭和十八(一九四三)年になると、朝鮮人は男ばかりでなく、女も関釜連絡船で下関へ強制連行されてきた。強制連行された朝鮮人女子の集団を、「朝鮮人女子挺身隊」と称していたが、軍需産業の女工にするため徴用したのではなく、「皇軍慰問」を義務づけて、中国や南方の戦地へ派遣していたのである。この「皇軍慰問」とは、帝国陸海軍将兵への「性的慰問」のことであって、「従軍慰安婦」と呼ばれていた。県警察部長の説明によれば、「従軍慰安婦」は以前は朝鮮半島から直接戦地へ派遣していたが、朝鮮半島より日本内地の方が「御用船」の便が多いので、呉、佐世保の軍港や、関門、博多、長崎港等から「御用船」に積み込むことになったそうだ。
 「従軍慰安婦」に関する事項はすべて軍事機密にされていて、当時の朝鮮人動員業務の一県の実務責任者であった私にも、その実態は分からなかった。戦後も「従軍慰安婦」の制度に関与した元高級軍人や関係諸官庁の元高官の中に、その実態について書き残したり、事実の一端でも公表した者は、一人も現われることなく、日本の朝鮮侵略の中で、世界史に類例の無い暴虐行為の事実が、日本の歴史から完全に抹消されてしまっている。(『私の戦争犯罪』、吉田清治著、三一書房、1983)

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