「無言館展」を観に行ってきた。昭和16年に真珠湾攻撃があり、その2年後の昭和18年には学生に対する兵役免除特権が廃止されてしまった。そのため画学生たちは「絵筆を銃に替えて追い立てられるように出征して行った」。そして、「若くして戦争の犠牲になった画学生の作品」や、彼らの遺品を」や、彼らの遺品が展示されていた。
展示されていた『最後のノート』に「私のちっちゃな理性によって歪められた生活」と書いた佐藤孝についての
「ああ 何たる人間性への悪徳であろう
何たる自我への背信であろう」
自らの望む道を全うできなかったを悔やむような手記が残る。
という解説が印象に残った。戦争の本質を見事に表現しているように思えたからだ。そして、常備軍による戦争の準備過程(軍事演習などの)においても、個人の視点に立てば、「人間性への悪徳」や「自我への背信」が大小の差はあれど、絶えず付き纏うであろうことを想像してしまった。
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| 興梠武「編み物をする婦人」無言館蔵 (「無言館 ―遺された絵画からのメッセージ― @ 新潟市美術館」より) |
無言館展について 遺された絵画からのメッセージ長野県上田市郊外にある戦没画学生の絵画を集めた美術館(戦没画学生慰霊美術館)、無言館は1997(平成9)年5月2日に開館した。若くして戦争の犠牲になった画学生の作品ばかりで成り立つ無言館は、1994(平成6)年4月に、館主の窪島誠一郎が画家の野見山暁治とともに遺族のもとを訪ね歩くことから始まった。開館後もその調査と収集は続けられており、現在では130名の約600点が保管・展示されている。
彼らが遺した作品には、恋人や妻、故郷など日常的な風景が描かれている。だが、そこには既に絶筆になることを予想して、生きているその時間を噛みしめるように、ひたむきに制作している姿勢が感じられる。
戦後76年を迎え、戦争を語り継ぐ世代がますます少なくなってきた。画家への志半ばで戦地に赴いた若者たちが残した作品は、現代の私たちに何を問いかけるのか。未公開を含む戦没画学生たちの命の証、約130点。(「無言館展のチラシ」より)

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