今日(2020年8月5日)の朝日新聞夕刊コラム素粒子では、 現実の典型でもある「敵基地攻撃能力」について、現実の力の内実を解説してくれていた。
日本が「敵基地攻撃能力」を持てば何が予見されるかは明らかだ。地域の不安定化と軍拡競争である。政権末期、民意が離れた首相が手を着けるべきテーマとは思えない。
このような現実に対抗できるのは、理想でしかない。素粒子の後半で「いや政権末期だからこそ、戦後日本の背骨でもある専守防衛に傷を残したいのか。改憲に代わるレガシーとして。」と専守防衛という観点から、「敵基地攻撃能力」を批判しているが、それでは、説得力に欠ける。
日本が「敵基地攻撃能力」を持てば何が予見されるかは明らかだ。地域の不安定化と軍拡競争である。政権末期、民意が離れた首相が手を着けるべきテーマとは思えない。
このような現実に対抗できるのは、理想でしかない。素粒子の後半で「いや政権末期だからこそ、戦後日本の背骨でもある専守防衛に傷を残したいのか。改憲に代わるレガシーとして。」と専守防衛という観点から、「敵基地攻撃能力」を批判しているが、それでは、説得力に欠ける。
ここは、日本憲法の理想、憲法前文と第9条による平和主義の理想を根拠に「敵基地攻撃能力」を批判すべきである。そうでなくても、理想を語ることが少なくなっている感がある。
そういえば、東大の学長でもあった矢内原忠雄さんも、理想の力について言及していた。もっと理想を語らねば!!
現実批判のためには現実の中にいなければならないが、現実に執著する者は現実を批判するを得ない。すなわち現実によりて現実を批判することは出来ないのである。現実を批判するものは理想である。あたかも地上物件を爆撃するためには飛行機が離陸しなければならないごとく、また敵の飛行機を打ち落すためにはそれよりもさらに高く飛び上ることが必要であるごとく、現実を批判し指導するためには理想を明らかにし、理想の世界に足場を据えればならない。理想の高度の高さほど、現実批判は力たり得るのである。(「国家の理想」『矢内原忠雄全集 第18巻 時論1』、岩波書店、p623)

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