2020年8月4日火曜日

 読書のすすめ -国会図書館デジタルコレクション

 国立国会図書館デジタルコレクションは、結構いろんな本もあって、自宅パソコンでも読めて便利だ(著作権の関係で、図書館のパソコンを通してのみ読めるものもある)。
 今日も、『読書のすすめ』をパソコンで読んだ。以下その書き抜きである。この本で紹介されていた『春城漫筆』も、国会図書館にだけあって、『春城漫筆 - 国立国会図書館デジタルコレクション』で、読める。なるほどと思ったところに下線を引いておいた。

 朝に夕に、休息の時に、一書を繙いて見よ。私たちは我を忘れて、悠久にして偉大なる自然に遊ぶことも出来、又、精神が陶冶されては、朝夕の生活に励みを覚える。まさに読書は精神生活の清涼剤であり、エネルギーである。(椎貝彌生子著「女性と読書」『読書のすすめ』、p8) 

 とかく吾が邦人はいろいろの口実を設けて読書を避ける。或いは繁劇でひまがないという。しかし繁劇の人には最も読書を進めたい。読書は疲れた頭を和らげ、気を転換する妙がある。(中略)多くの場合、衣食足つての人よりも、窮乏の間に苦学をした人が後に成功するのは、書物を親身に楽しんで読むから、ヒシヒシと頭にしみ込んで、義理よく通ずるからである。(春城漫筆)(市島謙吉著「読書の鼓吹」『読書のすすめ』、p13)

 科学者として書物から学ぶべきところもものは、事物の考え方と、その思想の言い表し方である。一書を熟読すればするほど、その著者の風体を自然に会得するものである。(小酒井不木著「科学者としての読書」『読書のすすめ』、p24
野山獄読書記 ー 吉田松陰
 野山獄読書記は、安政元年十月二四日から同四年十一月に至るまでの間に、松陰先生が、その読了せる典籍名を主として記録し、時に対読者の姓名を付記し、稀に短評を加へ、(中略)
 この三年余は、先生が実に渇せる者の水に対するが如き関係に於いて、読書と思索に没頭し、遂にその思想を確固たる基礎の上に統一した重要な期間である。しかもこの間に、獄中でも幽室でも、自らにして囚人や親歳の少年等の教育が行はれるに至っているのである。かくて、この読書記は極めて貴重なる修養と教育の記録であると言はねばならぬ。(吉田松陰全集解題 玖村敏雄) (『読書のすすめ』、 p26)

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